警察問題

2003年6月16日
テレビタックルを途中から見ました。警察問題を取り上げていました。黒木氏と警察官僚OBの大物政治家平沢勝栄氏の言動を見ながらテレビではこれが限界なのかな〜という残念な気持ちになってしまった。黒木氏はもっと警察の抱える問題について言及したかっただろう。平沢勝栄氏はあからさまに自己保身というか警察問題をあまり問題にはしたくない、という姿勢が見えた。平沢勝栄氏の表情は困惑していて「それは一部の問題だ」とか(確かに一部といえばそうなんだけどその一部が結構の割合をしめている)言い逃れをしていた。問題は番組で取り上げたものほかにも多数あり平沢勝栄氏はそのことを知りすぎているからこそ当惑しているのだ。そこをもっと突っついて欲しかった。平沢勝栄氏は警察が如何に腐敗しているか知っている。だけれどもそれは話さない。映画監督の催洋一氏はかなりがんばっていたと思う、しかし番組自体時間的なこともあり上っ面を取り上げただけになってしまった。
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警察の人数をこの数年増加するというのは以前大量に採用した時期があって(その時期に何か大きな出来事があったと記憶している)その人たちが退職する時期が今の時期と重なっているという理由もある。
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「放談の王道」という本を読んだ。宮崎哲弥氏、呉智英氏との対談集。所々で両者の意見がかみ合わないが年下の宮崎哲弥氏が少し遠慮しているのが伝わってきた。あまり興味深い話は出てこなかった。
ただ、宗教のところは興味深かった。
宮崎氏は
「宗教は放っておくと必ずほかの宗教と戦いを始める。それがエスカレートして殺人にまで発展することもある。非妥協的な宗教対立を防止するには個人間の他者危害の原則と同じようにほかの宗教を信じるものに対して危害を加えてはならないと明示する他にない。」

呉氏は「宗教の本質は狂信だ」、と皮肉る。

殺し合いも辞さずという宗教は私も狂信だ、と思う。イスラム原理主義の自爆テロを考えたりすると宗教というものは一体何だろうか、と思わずにはいられない。信じているのは神ではなく悪魔だ。宗教は偏りすぎると神が悪魔になってしまう、と私は思う。
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山口県での母子殺害事件。被害者の夫、木村洋氏の言葉は重い。
彼は「本当の更正って何なんだ。わからない。」と言っている。確かにそれは私にもわからない。犯罪者が社会に復帰して保護観察中にだけ再犯を犯さないことなのか、保護観察が終わっても社会の法に触れないことなのか、あるいは被害者と向き合って真摯にコミュニケションを回復する中で謝り続ける事なのか、さらに謝る方法とはいったい何なのか、何が謝罪といえるのか。

これは少年犯罪に限られず成人の殺人にも言えることだと思う。

ttp://web.archive.org/web/20011211225550/topia.yam.com/home/aoiryuyu/pages/yamaguchishikan.htm

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